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神戸地方裁判所 平成9年(ワ)541号 判決 1998年4月23日

原告

伊藤淳史

ほか一名

被告

創建興業こと穐原義文

ほか一名

主文

一  被告らは、原告伊藤淳史に対し、連帯して金七五〇万二三九四円及びうち金六八五万二三九四円に対する平成七年五月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告伊藤文に対し、連帯して金七五〇万二三九四円及びうち金六八五万二三九四円に対する平成七年五月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告伊藤淳史に対し、連帯して金二四八七万六八三七円及びうち金二二六二万六八三七円に対する平成七年五月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告伊藤文に対し、連帯して金二四八七万六八三七円及びうち金二二六二万六八三七円に対する平成七年五月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した訴外亡伊藤勝啓(以下「亡勝啓」という。)の相続人である原告らが、被告穐原義文に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、被告福島勝典に対しては民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、弁護士費用を除く内金に対する本件事故の発生した日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

また、被告らの債務は、不真正連帯債務である。

二  争いのない事実等(証拠の記載のない事実は、当事者間に争いがない。)

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成七年五月一五日午後五時一〇分ころ

(二) 発生場所

兵庫県明石市松江一六六番地の一先 信号機により交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 争いのない範囲の事故態様

被告福島は、普通貨物自動車(神戸四六た三四〇〇。以下「被告車両」という。)を運転し、本件交差点を東から西へ直進しようとしていた。

そして、折から北から南へ道路を歩行横断中の亡勝啓と被告車両とが衝突した。

2  亡勝啓の死亡

本件事故により、亡勝啓は、外傷性脳挫傷、頭蓋底骨折、左耳出血等の傷害を負い、救急車であさひ病院に搬入され、入院した。

そして、本件事故の日の翌日である平成七年五月一六日、西神戸医療センターに転送され、昏睡、除脳硬直、瞳孔不同、頭蓋骨骨折、脳挫傷、急性硬膜外血腫、硬膜下血腫、脳内血腫などの診断の下に、同日、開頭血腫除去の手術を受けた。

その後、一時、症状にはやや改善もみられたが、敗血症を合併し、亡勝啓は、同年六月一九日、死亡した。

3  原告らの相続

原告らはいずれも亡勝啓の子である。

そして、亡勝啓には他に相続人はなく、原告らが各二分の一の割合で、亡勝啓を相続した(甲第四ないし第六号証により認められる。)。

4  責任原因

被告福島は、本件事故に関し、前方不注視の過失があるから、民法七〇九条により、本件事故により亡勝啓に生じた損害を賠償する責任がある。

また、被告穐原は、被告車両の運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故により亡勝啓に生じた損害を賠償する責任がある。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び過失相殺の要否、程度

2  亡勝啓に生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  被告ら

本件事故の発生場所は、交通頻繁な幹線道路であり、横断歩道はなかった。

そして、本件事故の直前、亡勝啓は、道路の北側から南側へ向かって、東行き車線で渋滞中であった車両の隙間を縫うようにして横断した後、左方の安全を確認することなく、西行き車線上にいきなり飛び出してきた。これに対し、被告福島は、亡勝啓を認めて直ちに被告車両に急制動の措置を講じたが及ばず、本件事故が発生したものである。

したがって、本件事故に関しては、亡勝啓にも重大な過失があるから、相当な過失相殺がなされるべきである。なお、亡勝啓の過失の割合は、少なくとも八〇パーセントを下回ることはない。

2  原告ら

本件事故の発生場所の交通量は多いが、右発生場所は、住宅、店舗、病院等が軒を連ねる市街地内にある。そして、本件交差点は横断禁止場所ではなく、付近住民は頻繁にここを横断していた。したがって、被告福島は、付近住民が本件交差点を横断することを容易に予測することができたのであるから、安全を充分に確認した上で減速して被告車両を運転すべきであった。

にもかかわらず、被告福島は、前方の安全確認義務を尽くさないまま、漫然と被告車両を運転して本件事故を発生させたのであるから、同被告の過失はきわめて重大である。

そして、これと対比すると、亡勝啓には過失は存在せず、仮に過失が存在したとしても、その割合は一〇パーセントを下回るきわめて僅少なものである。

五  本件の口頭弁論の終結の日は平成一〇年三月一二日である。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  甲第一号証、第一六号証、検甲第一ないし第一五号証、乙第一号証、証人井上尚子の証言、被告福島の本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実のほかに、次の事実を認めることができる。

(一) 本件交差点は、ほぼ東西に走る道路(国道二五〇号線)と、本件交差点から北西方向に向かう道路とからなる、変形の三叉路である。

東西道路は、片側各一車線、両側合計二車線の交通頻繁な道路であり、幅員は各約二・八メートル、その両外側に幅各約〇・四メートルの路側帯があり、さらにその両外側に歩道が設けられている。また、右道路の最高速度は四〇キロメートル毎時と指定されている。他方、本件交差点から北西方向に向かう道路の幅員は約四・〇メートルである。

そして、本件交差点のすぐ東には東松江のバス停留所があり、その部分では、走行車線とは別にバスが停止することができるよう、道路の幅員が広がっている。また、本件交差点付近は、住宅が建ち並んでおり、亡勝啓の自宅も、右東西道路に面した本件交差点の南側にある。

なお、本件交差点の東西各約一〇〇メートルの地点には、それぞれ、信号機により交通整理の行われている交差点がある。

(二) 亡勝啓は、知人の自動車に同乗し、右東西道路の東行き車線のバス停留所付近で、右自動車から降りた。

折から、右東行き車線は渋滞状態であり、亡勝啓は、道路南側の自宅に帰るため、渋滞車両の間を通って東行き車線を北から南に横断し、西行き車線にさしかかったところで、被告車両と衝突した。

(三) 被告福島は、被告車両を運転して本件交差点にさしかかろうとしていたところ、前方約一三・一メートルの地点に、東行き車線の渋滞車両の間から、道路を横断するために自車前方にさしかかろうとしている亡勝啓を認めた。

そして、直ちに自車に急制動の措置を講じたが及ばず、自車前部を亡勝啓に衝突させた。

(四) 右衝突後、被告車両は約一〇・三メートル前進した後に停止した。そして、右停止地点付近まで、右前輪約九・二メートル、左前輪約九・三メートルのスリップ痕が残された。

また、右衝突により、亡勝啓は、約一四・七メートル前方に跳ね飛ばされた。

そして、これらによると、本件事故直前の被告車両の速度は時速約五〇キロメートルであったと推認することができる。

2  右認定事実によると、亡勝啓は、住宅の建ち並ぶ地域とはいえ、交通頻繁な道路を、横断歩道のない箇所で横断しようとしていたのであり、しかも、渋滞車両の間を通る東行き車線からそうではない西行き車線に入ろうとしていたのであるから、左右の安全を充分に確認した上で横断すべき注意義務があったことは明らかである。

他方、被告福島も、本件交差点で横断する者がいることを予測することは可能であったというべきであり、最高速度を上回る速度で被告車両を運転していた点も含め、その過失は誠に重大である。

そして、右に認定した事実の下で、亡勝啓と被告福島の両過失の内容を対比すると、本件事故に対する過失の割合を、亡勝啓が二五パーセント、被告福島が七五パーセントとするのが相当である。

二  争点2(亡勝啓に生じた損害額)

争点2に関し、原告らは、別表の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、亡勝啓の損害として認める。

1  損害

(一) 治療費

別表欄外の注に記載したとおり、原告らは、治療費は金五三四万八五六〇円である旨主張を訂正した。

そして、この限りでは当事者間に争いがない。

(二) 文書費

甲第一〇ないし第一二号証によると、文書費金一万二三六〇円を認めることができる。

(三) 入院雑費

入院雑費金四万六八〇〇円は当事者間に争いがない。

(四) 付添看護費

亡勝啓が、本件事故後、死亡するまで三六日間入院していたこと、右期間中、近親者が付き添っていたことは当事者間に争いがない。

そして、近親者の付添看護費としては、一日あたり金五〇〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、付添看護費は、次の計算式により金一八万円となる。

計算式 5,000×36=180,000

(五) 医師への謝礼

原告ら主張の医師への謝礼は、医療行為に対する対価ではなく、原告らの医師に対する感謝のあらわれであって、支払うか否か及びその金額が原告らの任意に委ねられていること、右謝礼の中には、公的機関である神戸市地域医療振興財団の設置する西神戸医療センター(甲第一二号証により認められる。)の医師に対するものも含まれていること等に鑑みると、本件事故との間の相当因果関係を認めることはできない。

(六) 葬儀費用

甲第一三号証の一ないし四によると、亡勝啓の葬儀に直接関連する費用として約四〇〇万円を要したことが認められる。

そして、亡勝啓の年齢(死亡時満五四歳)等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用を、金一二〇万円とするのが相当である。

(七) 逸失利益

甲第一四、第一五号証、証人井上尚子の証言によると、亡勝啓は、主に不動産賃貸業により生計を立てていたこと、そのほかに、貴和作業所に勤務し、自転車のリサイクル業に従事して、給与を得ていたこと、本件事故の発生した前の年にあたる平成六年の亡勝啓の不動産所得の収入金額は金一二八〇万一九九三円、所得金額は金八〇三万六五一四円であったこと、同年の給与所得の収入金額は金二五万九四八〇円であったこと、亡勝啓の生前は、賃貸不動産の管理はもっぱら亡勝啓が行っていたこと、亡勝啓の死亡により、右賃貸不動産はいずれも原告らが相続したこと、その後は、不動産の管理を業者に委託し、そのための費用として月金一〇万円程度を要していることが認められる。

ところで、亡勝啓の不動産賃貸業による収入は、同人の死亡により、得ることができなくなったのではなく、当該不動産を原告らが相続することにより、原告らが同人に代わって取得することとなったというべきである。したがって、不動産賃貸業による収入は、本来的には労働の対価ではなく、これを直ちに逸失利益算定の基礎とすることはできない。

他方、亡勝啓は賃貸不動産の管理を実際に行っていたから、不動産賃貸業による収入の中に、労働の対価がまったく含まれていないとするのも相当ではない。

そして、平成六年の亡勝啓の不動産所得の収入金額、所得金額、亡勝啓死亡後の不動産管理費用等に照らすと、亡勝啓の不動産所得の収入金額の一割に相当する年間金一二八万〇一九九円及び給与所得の収入金額年間金二五万九四八〇円、以上合計年間金一五三万九六七九円を、亡勝啓の死亡による逸失利益を算定する基礎とするのが相当である。

また、亡勝啓は死亡時満五四歳であり、本件事故がなければ少なくとも一三年間は右金額を、その後少なくとも一二年間(平成六年における満五四歳の男性の平均余命が二五・四三年であることは、当裁判所に顕著である。)は給与所得の収入金額を除く年間金一二八万〇一九九円を得た蓋然性が高いというべきである。

さらに、生活費控除は、他に相当の不動産所得による収入があったことも考慮して、三〇パーセントとするのが相当であり、中間利息の控除は新ホフマン方式によるのが相当である(一三年の新ホフマン係数は九・八二一一。二五年の新ホフマン係数は一五・九四四一。)。

したがって、亡勝啓の死亡による逸失利益は、次の計算式により、金一六〇七万一九九九円となる(円未満切捨て。以下同様。)。

計算式 1,539,679×(1-0.3)×9.8211+1,280,199×(1-0.3)×(15.9441-9.8211)=16,071,999

(八) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、当事者間に争いのない亡勝啓の傷害の部位、程度、入院期間、死亡の結果、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により生じた亡勝啓の精神的損害を慰謝するには、金二五〇〇万円をもってするのが相当である。

なお、亡勝啓の逸失利益を算定するにあたって、同人が主に不動産賃貸業により生計を立てていたために、相対的に低い金額でしか認定することができなかったことを、右慰謝料算定の際には、金額を増加させる要素として考慮した。

そして、右金額は原告らの請求する慰謝料の金額を上回るが、単一の事故により単一の生命・身体に対する侵害があった場合、財産上の損害と精神上の損害との賠償を請求するときには、その請求権及び訴訟物は一個であると解されること(最高裁昭和四三年(オ)第九四三号同四八年四月五日第一小法廷判決・民集二七巻三号四一九頁)、慰謝料は、当事者の主張する具体的事実に基づいて、裁判所が裁量によってその金額を定めるべきものであることに照らすと、全体として当事者の主張する金額を超える金額を認定しない限り、弁論主義違背の問題は生じないと解するのが相当である。

(九) 小計

(一)ないし(八)の合計は、金四七八五万九七一九円である。

2  過失相殺

争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する亡勝啓の過失の割合を二五パーセントとするのが相当であるから、過失相殺として、亡勝啓の損害から右割合を控除する。

したがって、右控除後の金額は、次の計算式により、金三五八九万四七八九円となる。

計算式 47,859,719×(1-0.25)=35,894,789

3  損害の填補

原告らが、被告穐原の加入する自動車損害賠償責任保険から金二〇九九万円の保険金を受領したことは当事者間に争いがなく、乙第三号証によると、このほかに治療費金一二〇万円が右保険から支払われたことが認められる。

よって、右合計金二二一九万円はすでに損害が填補されたものとして、右金額を過失相殺後の金額から控除すると、金一三七〇万四七八九円となる。

4  弁護士費用

原告らが本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用を金一三〇万円とするのが相当である。

5  相続

争いのない事実等に判示したとおり、原告らが各二分の一の割合で、亡勝啓を相続した。

第四結論

よって「原告らの請求は、主文第一、第二項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し(付帯請求は原告らの請求による。)、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

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